
画像は「スペースインベーダー」
小学校2年生くらいのとき、母さんに連れられて喫茶店にいくとテーブルにこんなものが。
俺よりも上の世代の人がどっぷり漬かったと噂のインベーダーゲーム
恐ろしいことにこのゲームのプレイ料金は100円(喫茶店だし)
当時の母さんは無職だったと思うのだが、育児の合間の休憩を楽しむためなのか、
俺に100円玉を2・3枚握らせて「向こう行ってなさい」だったのだろう。
ジェネレーションギャップがあると思うけど、
俺の世代だとコレくらいからゲームと慣れ親しんでいる。
家庭向けのゲームといえば「ゲーム&ウォッチ」なんてありましたな。
ってそういえばシルク北部サイトにそんなネタ使ったっけ。
この時代は 「ハード」と「ソフト」は一体式であり、
今のように「ソフト」を交換して遊べるようなシステムは「ファミコン」の登場までありませんでした。
(俺の主観で書いていますので「ゲームの歴史」を正確に語っているのではありません)
そのファミコンが大流行したのは俺が小学校5年生くらいのとき。
ではその時にどんなゲームをしていたのかっていいますと・・・・・

ベースボール


マリオブラザーズ
ドンキーコング
ファミコンエミュを使ってSSを撮ってますが、「ロ○は持ってるのか」という質問は受け付けません。
記憶がうろ覚えなんですがマリオブラザーズ・ドンキーコングはファミコンオリジナルではなく、
アーケードゲーム(ゲーセンのゲームね)だったと思います。詳しく調べたきゃウィキペディアでどうぞ。
俺は面倒くさいから調べません。今回は全て記憶でいきます。
ここで俺が言いたいのはですね、ドンキーコングは「ゲーセン」にあるべきゲームで「一人プレイ」です。
対してベースボールとマリオブラザーズは「2人同時プレイ可能」なんですよね。
この時代、アーケードゲームには「パックマン」とか「ディグダグ」なんてのがあったけど、

パックマン

ディグダグ
どれもこれも一人専用であり、「スコア」を競うスタイルだったと思うんですよね。
ベースボールやサッカーといったゲームは元がスポーツなのでもうそのままです。
チーム・選手によるキャラ性能がまったくなく、全て同じ性能のキャラクターだと言っても信じてもらえないかもw
あ、そうそう。
マリオブラザーズは「協力プレイ」と「殺し合い」がプレーヤーに異存されているという恐ろしいゲームでした。
30歳以上で兄弟がいるゲーマーの人ならわかりますよね?
人格ってここで形成されたと思わない?
ヘリウスみたいな若造はやったことないだろう? まーやってみろって・・・「美学」を学ぶことが出来るから。
このくらいの時代、家庭用ゲームはアーケードゲームの移植をやりまくってました。
画面のクオリティも大したことなかったのでファミコンでも十分に再現出来てたんでしょうね。
ファミコンの流行から1年後くらい、、、、流行を「大流行」にのし上げ、
アーケードゲームに起きて破りの逆輸入をしたゲームが誕生します。

スーパーマリオブラザーズ
「エキサイトバイク」やら「F1レース」とかでチマチマ遊んでる少年たちの心を虜にしたマリオ。
キノコを食ってデッカクなるという理不尽さはともかく、
「裏技」がたっぷり凝縮されたゲーム性は「廃プレーヤー」を生み出したと思う。
「スコア」・「タイム」のような歴然とした記録だけで勝負するのではなく、
「テクニック」が翌日の教室のヒーロー?
名古屋打ちも十分魅せるプレイだが、マリオの前には「小ざかしい知恵」としか映らない。
もうこの年代までくると「アーケードゲーム」は家庭用ゲーム機にはマネ出来ない画質になってたと思います。
オマケに方向性を変えたのかテーブル筐体ではなく体感ゲーム(大型筐体)が流行。
「ハングオン」とか「スペースハリアー」ですね。実際にバイクの形をした本体にまたがってみたりするわけですよ。
ところが「ゲームセンター」ってのは「不良の溜まり場」というレッテルが貼られていました。
小学生や中学生を補導してまわる補導員がゲームセンターを物色しにくるのです。
そこでは警察も顔負けの捕り物劇が繰り広げられます。捕まると翌日は職員室に1時間正座。
生活指導の先生にドつかれて漢字の書き取りを1000字です。
アーケードゲームについての事は別にページを設けたいと思うのでここでは割愛。
つーわけで話を元に戻しますわ・・・。


そんな大流行したファミコンの恩恵にあやかろうと、
PCゲームとかそういった媒体からも続々とソフトが移植されていった。
アドベンチャーゲームの先駆け、「ポートピア連続殺人事件」
なんのためらいも無く、
「テーブルの右下スミに落ちてあるライターを虫眼鏡で探させる」など
際どい難易度で少年少女を挑発してきた。
今でも俺たちの脳裏には「こめいちご」が焼きついて離れないはずだ。
アドベンチャーのみならず、ファミコン時代のゲームってのは難易度がやたらと高かったと思う。
今でもそういうサイトを見ると 「たけしの挑戦状」がマニアックな難易度だと噂であるのだが、
それは今だから笑える話であり、
当時小学生の小遣いで5千円もするソフトを買わせた上にノーヒントであのゲームを楽しめる子供がいたとでも思うのか??!
あれはもうゲームじゃない。「ゲーム」という名の下に子供からお金を巻き上げる大人のいたずらに過ぎない。
他にも「うる星やつら」という素敵な名前に騙された純真な少年がいたとか・・・・。つくづく酷い世の中です・・・。
そんな子供達に救世主が現れた。騙す大人もいれば救済してくれる大人もいるのです。
その人たちの名はそう、 「レンタル」屋さん。
レンタルレコード店の一角にファミコンソフトのレンタルもやってた。専門店なんかも出来たりした。
1泊2日が300円でもいいじゃない。何しろソフトの供給量がハンパではないので目移りしてしょうがないのだ。

たけしの挑戦状
うる星やつら
と、ここまで登場した作品はすべて1986年までに発売されたソフト及び思い出なのだが、
買ってきて封をあけファミコンに差し込んで10分後には電源を切ってソフトを抜き取り窓から放りなげる可能性を減らしてくれたレンタル屋さんを困らせるジャンルのソフトが発売されたのもこの年なのです。
←これです・・・
グラフィックを書いてるのが鳥山明なもんだから思わず手を出してしまいそうなこれ。
内容はもちろん「ロールプレイングゲーム」です。敵を倒して経験値を稼ぎ、悪のボスを倒して平和を取り戻す。
そんな正義の味方に対して村の人は宿賃を取ったり武器防具にはそれ相応の値段をつけたり。
それが「助けてください」って態度かよといった突っ込みだけしたあと、他人のパスワードでエンディングだけ見たゲーム。
ところでそのパスワードなのですが、同時期に本当はパスワード不要のシステムを搭載した「ディスクシステム」が発売されています。
上記の通り、ソフトの値段が一本5千円もするのに
ディスクシステムのゲームだったら書き換え料500円を払えば違うゲームをプレイすることが可能。

最初に同時発売されたソフトは「ゼルダの伝説」・「謎のムラサメ城」の2本。
本体価格が14,800円なのでそれなりに初期投資は必要だったです。
俺の友達の井口君は、こいつを買ってもらいたくてお母さんにおねだりした。
するとお母さんは、「今度のテストで90点以上取ったら」って言った。
小学校6年生の子供に向かってテストでイイ点取れなんてふざけた教育方針だ。
井口君はテストを頑張ったのかどうかは忘れたが90点に達しなかったらしい。
いまなお思い出に残るソフトとしてはこれが強烈。
ドラクエよりも前に発売されてたと思うけど、こいつの難易度は半端ではなかった。
ところがそうやって激ムズゲームなのに多くの人に愛されていたようです。
いまでもサイトを探せば攻略記事が出てくるからすごい。
YouTubeにスーパープレイがあるほどですからね。
よくブン投げましたよほんとw
スペランカー
最終的には何本くらいのゲームが発売されたんだろう? とにかくアホみたいに何でもかんでも「ファミコン化」され、
本当に面白いと思って発売したのか疑問なものが量産されていった。
もちろんやりこんだソフトもあるけどキリがないからこの辺で終了。
時代的にはこの後「PCエンジン」・「スーパーファミコン」が発売されるのであるが、
それらのハードを買ってもらえなかったのであんまり思い出ないや・・・。買ってもらえなかったのが思い出かもね。
俺はセガ派だったのでお年玉はメガドライブ購入に充ててしまったのも理由のひとつなのですが・・・。